3日(日)晴れ後曇り。10月に入ったというのに、我が家のアサガオはまだ終わらない。畑を耕し、ジャガイモを植えた。順調に育てば11月には収穫できるはずだ。午後は家内と忙し過ぎて暇のない娘の家の草取りをしてやった。秋晴れも今日で終わり?
NHKエンタ―プライス製作の「延安の娘」をDVDで観た。改めて文化大革命の罪深さを知った。主人公は文化大革命の中で都会から農村に下方された中高生以上の一人で、紅衛兵(中高生)のリーダーで後に処分された人物が文革を批判する形で過去をたどる。
文革は1966年、大躍進政策に失敗し、失脚しかけた毛沢東が林彪に銘じて始めたとされているが、毛沢東の命令そのものだろう。私は当時まだ大学生で、連日の新聞一面に掲載される指導者に首枷をはめて街をひきまわす紅衛兵の姿に戦慄を覚えたものだ。
当時の朝日新聞等大手マスコミは文革を肯定的に、好意的に伝えていたという記憶がある。こんな暴挙が76年の4人組による周恩来追い落とし寸前まで続く。中国の発展はこの10年間に30年を失ったともいわれる。今の指導部も未だにその影響下にあると私は見る。
下方政策の対象とされたのは約1600万人ともいわれ、勿論中高校生ばかりではなく、教師や医師、資産階級などの知識人はすべて犠牲となった。私の知人の両親は人民解放軍の兵士で、祖父と叔父は町医者だったが、祖父は下方、叔父は台湾に亡命した。
この映画の舞台は延安と北京が中心で下方青年が延安で生まれた女の子が成人し、母親になって2000年、北京の父親を訪ねる場面があるのだが、親族の集まった席で毛沢東や文革批判が飛び交う。私が初めて北京を訪れた95年ではまだひそひそ話しかできなかった。
あれだけの悪政をやった毛沢東が未だに焼かれもせずに、天安門広場の一角の毛沢東記念堂に生きたまま安置されているのは信じがたい。文革後の政府が文革批判はしても毛沢東批判までいかない、まして89年の天安門事件を公然と批判できないでいる。
文革で失脚し、4人組逮捕後に復活した訒小平が改革開放路線を敷いたのは良かったが、89年の天安門事件を弾圧したのは当の訒小平であり、ベトナム侵略も彼であったことを考えると、訒路線を引き継いだ現在の指導部が民衆の力に怯えるのはよくわかる。
尖閣問題など対外的な問題で強く出て、民衆の力を削ごうとするなどの古い政治手法は結局、「民意に依らない国は亡ぶ」という孫文の言葉の通りになろう。ベトナム同様、共産党一党独裁の限界がここにも見える。私たちは挑発に乗らず一層冷静であるべきだ。
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