4日(月)DVDで「明日への遺言」という戦犯裁判を扱った映画を観た。東海方面軍の岡田資中将が45年5月の名古屋空襲の際、撃墜され捕虜となった米軍のB29爆撃機の搭乗員27名を自らの命令によって斬首によって処刑したB級戦犯裁判である。
A級戦犯を裁いた東京裁判の他に、この横浜法廷、海外ではシンガポールなどB級戦犯を含めて908名が処刑された。病死や自決などを含めれば1068名になる。シンガポールでは135名が処刑された。裁判によらない軍律会議であった点と斬首の妥当性が問われた。
裁判では岡田(藤田まこと)は名古屋空襲(他地域も)軍事目標以外の爆撃を禁止したハーグ条約違反の無差別爆撃であることを申し立て、自分が下した判断は正しかったと。部下や上官のせいにせず、一切の責任は自分にあると処刑されていく潔さが強調される。
私の調べた範囲では、確かに戦犯が部下や上司に罪をなすりつけ、自分は上官の命令に従ったまでだと抗弁する例が多い。その中で岡田のとった行動は潔いと言えるのかもしれないが、どうも日本の戦争映画はその辺を強調して責任論を曖昧にするパターンが多い。
岡田は勿論、職業軍人が敗戦にあたって潔く責任を負うのは当然ではないのか。ハーグ条約は1923年日本も加わってオランダのハーグで結ばれた戦争のルール、つまり、無差別爆撃の禁止や、捕虜を人道的に扱うことなどを取り決めたものだが、守られた試しがない。
ヒトラーによるスペインのゲルニカ、ロンドン、イギリスによるドイツのドレスデン、日本軍による中国南京、重慶への無差別爆撃、極めつけは重慶爆撃をあれほど非難したアメリカによる東京大空襲や名古屋空襲、広島、長崎への原爆等すべてハーグ条約違反だ。
日本だけがそれを理由に捕虜の斬首など到底許されるはずもないのだ。勝者による敗者の裁判が不公平で正当性を欠くことは誰もが認めるところだが、だからと言って昭和天皇をはじめ日本の軍部や政府の当時のリーダーたちの戦争犯罪が免罪されていいはずがない。
こうした映画を通して日本人の戦争認識が歪められてきた側面は実に大きい。特攻隊や人間魚雷の話も彼らの死を美化する映画が多い。小泉などが知覧を訪れ涙を流して国民の愛国心に訴える。私も知覧で涙したが、無謀な死に追い立てたリーダーへの怒りの涙だ。
戦没学生の手記を集めた「きけ、わだつみのこえ」を読んでも、シンガポールで通訳をしただけで処刑された学生の手記を読んでも、誰も天皇や国家のために死んでいくとは書いていない。潔い死などと言うのは権力者のためにある言葉だ。二度と騙されまいぞ。
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