14日(日)曇り。暖かかったので、忙しくて時間のない娘の家の庭木の剪定や草取りをしてやった。何でも自分でやるようにすれば、技能も向上するし、知識も増える。このことをもっと若い時分に気付いてやるようにすればよかったと今になって悔いる。
今日で横浜で開かれていたAPECの会合が終了した。各国首脳に配られたお土産は新潟県燕市製造のチタン製グラスのセットだという。管総理はこれを晩餐会等できちんと宣伝してくれたのだろうか。日本の外交の発信力の弱さは目を覆うばかりだ。
この一連の会談でも日本の外交力の弱さは明白だ。なんだかんだと言いながら、オバマ大統領の行動力には目を見張るものがある。管さんは確か東京工大の出身で、歴史的認識や国境問題については私より疎いのではないか。だからブレーンや補佐官が必要だ。
前にも書いたような気がするが、もう一度北方領土問題を丁寧に見直してみたい。そもそも領土とは領土、領海、領空のことで、特に領海については18世紀頃は大砲(カノン砲)の届く範囲といういいかげんなもの。その後3海里、そして12海里と国際条約で決まった。
国境問題は世界が交流を拡大することによって発生した。日本の北方領土問題は江戸時代には何の問題にもならなかった。日本の開国によっロシアが来航し、日米の1年後の日露和親条約により、択捉島とウルップ島の間に決まり、樺太は混在の地となった。
つまり、話し合いは成立せず、国境問題を棚上げにしたのだ。その後明治維新により、再交渉が行われ、黒田清隆全権の下で樺太全島を放棄し、代わりに日本がウルップ以北も領有するという樺太・千島交換条約が結ばれた。これが日露国境の正式の決定である。
戦後、サンフランシスコ条約により、吉田政権が「請求権放棄」したが。自民党はこの放棄をウルップ以北と勝手に解釈し、ウルップ以南の歯舞。色丹、国後、択捉の4島を日本固有の領土としている。ウルップ以北まで固有の領土としているのは日本共産党だけだ。
私は日本共産党の主張が正しいと思う。請求権を放棄したこと自体が間違いだが、その対象はこの条約に調印したアメリカ陣営に対してであって、この条約に調印していないロシアが全千島(4島を含む)を占領している違法性はどう見ても説得力を持たない。
なお付言すれば、旧ソ連自身が連合国に向かって約束した「領土不拡大」という戦後処理の大原則を破って占領したのだ。アメリカが要求したソ連スターリンは対日参戦の条件として千島列島の引き渡しを要求し、アメリカは沖縄占領と引き換えに黙認したのだ。
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